20190321



今日は春分の日

しかも、満月。

なんかいい事ありそう。


ただ

鹿児島は朝からどえらい豪雨ですけど。。。
| - | 06:52 | comments(0) | - | - | - |

20190305




河崎です。

現在、銀のエンゼルが一枚出ました。

昨日は冷たい雨の降る中、安来の清水寺にお参りに行ってきました。

そして

濡れた苔で滑って豪快にこけました。

背中を石段の角に思いっきり打ったのですが、痛みはない・・・不思議
左足のすねと、右の肩甲骨の辺りと、腰の辺りと、右手の肘から下と。
見事に泥んこになりました。

でも、どこも痛くない。。。不思議。

お寺さんのご利益でしょうか???
十一面観世音菩薩、ありがとうございます。

幸いなことに、ジーンズもジャケットも自分で洗濯できるものだったので、すぐに洗える。。。はずが
ガチガチの厚手のデニム生地だったので、風呂桶に投入して手もみ&足踏み洗い。
これが結構な重労働でしたが、無事に完了。

そして

今日は快晴。洗濯物もよく乾く日差し。

よくないことの後には、それを埋め合わせて余るくらいの良いことがあるといいますが。。。

本当に気持ちのいい天気。
| - | 11:17 | comments(0) | - | - | - |

20190223

河崎です。

春近し。というか、今季の山陰は雪のない冬です。
自然の循環や、生命の営みのことを考えると好ましくない状況なのでしょうが、私個人としてはとってもいい感じ。
道路状況も飛行機も例年のような心配や足止めもなく、来られるクライアントさんも天候の心配なし。
スタッドレスは新品。急な降雪に備えてチェーンも装備。来年はまたどうなるかわかりませんね。活躍の機会もあるかもしれません。



先日、アマゾンで衝動買いしてしまいました・・・が・・・
三箱で止まってしまった・・・。
当分、おやつには困らなさそうです。

金のエンゼルは出るのでしょうか!?

乞うご期待。。。
| - | 10:55 | comments(0) | - | - | - |

20190216



難攻不落の城にいれば、いかなる敵が攻めて来ようとも、平穏でいられるだろう。

僅かな敵、僅かな攻撃に対して必死に戦おうとするのは、あなたの心の城が脆いからです。

心の城を強化しなければ、人生は戦の連続になります。

| - | 10:37 | comments(0) | - | - | - |

20190213




愛する人に、その人らしく輝いて欲しいと願い、様々に手を尽くすこともあるでしょうが

願うことを「諦める」というのも相手を輝かせるのに有効な手段ですよ。

そして、信じて、見守るのです。
| - | 14:24 | comments(0) | - | - | - |

20190212



河崎です。

ドライブレコーダーの普及とともに、社会に広く認識された「あおり運転」ですが、今に始まったことではなく、僕が免許を取得した頃にはすでに恐れられていました。当たり屋とかも。
証拠不十分で事故として片付けられていたものが、明確な証拠が残るようになったことで事件になったものも多いんじゃないかと思います。
自分の身を守るというか、権利を守るためのドライブレコーダー。加害者になった時には身を滅ぼす道具にもなるというわけですね。

毎日のようにニュースで取り上げられ、裁判の末にどうなるかということも報じられ、気をつけないといけないと、きっと多くの方が思っているはず。それなのに、後をたたないのですね。

「法律では悪は無くならない」というようなことを昔の賢い人が言っていました。「(道徳)教育こそが良い国を作るのだ」とも。あおり運転にいたる心理は「私は正しい。あなたは間違っている。」というところにあると思います。
ドライバーは誰もが細心の注意を払い、自分なりに安全運転に徹していると思うんですよ。自分なりにね。
この「私は安全運転をしている」という意識が、自分のルールに反した人に出会った時に「あなたはおかしい運転をしている」となるわけですね。これは運転中に限らず、家庭でも職場でも、生活のいたるところに見ることができます。
ドライバーは不特定多数で道路という公共の場を使用するわけですから、思いやりや譲り合い、助け合いが必要なわけですが、そこが欠落しているのではないかと思うのです。

誰もが自分なりの善に基づいて生きているでしょう。安全運転の意識は誰もが持っているし、悪人になろうとしている人もいないと思います。皮肉なことに、「善くあろう」とする意識が様々な犯罪の動機になることは少なくないし、それゆえに戦争も起きます。

「善くあろう」という意識と共に、「相手の立場に立って考えてみる」とか「思いやり」とか「譲る心」とか「赦す心」とか「自己犠牲」をセットで持ち合わせないと、人は攻撃的になってしまいます。困ったことに、攻撃したとしても動機は「善による衝動」なので、自分が悪いとは思わないのです。

幼い頃から「他を思いやる心」「自己犠牲の心」をしっかり養っていくことが、心豊かな国民を育てていくことにつながると思います。「美しく、賢く負ける」ことはとても大切なことなのです。

大きく括れば「自制心」ということです。うまく自分の感情をコントロールすることができれば、やがて穏やかな時間が戻るでしょう。しかし、感情の奴隷になって衝動のままに動いてしまったら、その瞬間全てを失うこともありうるのです。

心が豊かでなければ、学問でさえ武器になってしまいます。
教育が行き届いていない国の子供たちに、学問を提供する動きは国際的にも活発ですが、私は道徳教育こそが世界を進化させると信じています。
以前にもお話ししましたが、私が参加しているプロジェクトでは、「日本の道徳を世界に」というテーマを掲げています。
新渡戸稲造が武士道の中で世界に紹介した日本人の心を、当時の世界中の偉人たちがバイブルにしていたほど、日本人の心は美しいのです。

今の日本人の善意は、評価されたいが故のものが目立ちます。そうではなく、自分という一人の人間を素晴らしいものとして輝かせる、自分のための善をしっかりと見つめ直したいものだと思います。
| - | 14:15 | comments(0) | - | - | - |

20190207




河崎です。


雨が降るといいながら、今日も昨日も青空が広がっています。
昨日なんか、車の中にいると暑くて汗ばむほど。

2月。以前は一番寒い季節と言われていましたね。
僕が子供の頃は、一番恐怖の季節でした。
一晩で50〜60センチの雪が積もり、朝から猛吹雪の中、スキーヤーか冬山登山家のような防備に、靴下の上からビニール袋を履いて、長靴に足を押し込み、体を縮めて学校に通っていました。
小学生の時、家に帰るためには木造の橋を渡らなければならなかったのですが、吹雪のため通行できず、遠回りした結果ホワイトアウトで道がわからなくなり、普段通らない道は土地勘もなかったので、延々と続く土手の途中であわや遭難寸前(笑)。
なんとか頑張って遠くの鉄筋の橋を渡り、とっても頑張って帰ったことを思い出します。
確か、小学校3年生くらい。吹雪、迷子、一人ぼっち。もちろん、そんな天気だから人も車も通らない。それでも立ち止まれないしい泣いてる暇もない。こっちだと信じて進むしかなかったわけです。こんなところでも、僕のメンタルは鍛えられました(笑)。あれは本当にヤバかった。。。

今は。。。日中14℃、昨夜は7℃。もちろん場所によりけりですが、山陰の平野部としては、ありえなかった気温です。
異常気象なんて言われますが、僕はそうは思えないんです。なぜなら、地球は生きている星で、常に変化変動しているから。

気象庁では、「過去30年の気候に対して著しい偏りを示した天候」を異常気象と定義している。世界気象機関では、「平均気温や降水量が平年より著しく偏り、その偏差が25年以上に1回しか起こらない程度の大きさの現象」を異常気象と定義している。

だそうです。では、異常とは?

[名・形動]普通と違っていること。正常でないこと。また、そのさま。

過去30年間の平均を総括りにしたデータを「普通」「正常」といっているわけですが、正常とは

[名・形動]正しいとされる状態にあること。また、特に変わったところがなく、普通であること。また、そのさま。

平均的データを「普通」と定義しているなら、後半部分では合致しています。前半は ? ですけどね。
正しいとされる気象というものは無いいですからね。
人は自分に都合のいいことを「正しい」と思ってしまうところがありますから。日照りが雨が降れといい、雨が続けばいつまで続く?といい。暑いと文句を言い、寒いと文句をいう。快適でも季節に外れていると騒ぐ。
地球様の上に住まわせていただいているくせに、わがまま放題好き放題。資源が枯れるとか人口増加とか問題になると、この星捨てて移住計画ですか?。
宿主がダメになったら他の宿主を探す。そんな寄生虫がいますが、考え方がよく似ています。

自然界には、生産者・消費者・分解者とあり、人間は消費者に該当します。

生産者:無機物から有機物をつくる生物をいう。植物の他,海藻や植物プランクトンなど。
消費者:無機物から有機物をつくり出すことができず,食物に含まれる有機物を取り入れている生物をいう。動物の他,動物プランクトンなど。
分解者:消費者のうち,生物の死骸や排出物に含まれる有機物を取り入れている生物(菌類や細菌類など)をいう。

もちろん各種寄生虫も消費者です。寄生虫の中には宿主と「共生」するもの、「共倒れ」するもの、「見捨てる」もの等あります。人間は地球の消費者としてどうあるべきないかを問われているのが環境問題でありエコ活動など。
ところがそれに反するように消費社会も歯止めが効かない。
消費を拡大するために生産する。それによって資源や環境に悪影響。
消費するためにはお金が必要で、それを稼ぐために人生の大半の時間を仕事にあてる。ゆっくり立ち止まって、身の回りを、世界を見渡す時間もなく、限定された世界でただ時間が過ぎて行き、気がついたら年老いている。
もちろん、生産することも消費することも大切ですが、それは本来人々を幸せにするものでなければなしません。取り返しがつかないことがあることに気が付かなければなりません。
僕には、20代半ば〜30代後半くらいの「思い出」と呼べるものがあまりありません。このように幸福な人生を生きることができる時間が一瞬で通り過ぎて行ったことを思うと、悪夢です。

かけがえのないもの。それはなんなのか。

買えないもの
消えないもの
なくならないもの
奪われないもの
受け継がれてきたもの
受け継いでいくもの
守るべきもの

目の前にあるものから、私たちを育んでくれる大自然の力、地球。
親が子を思い、大切にし、養うように、地球も我々動物を大切にし、養ってくれています。
親が子に幸せになって欲しいように、地球も我々に幸福であって欲しいはずです。
グレて、親不孝した時でも、親は帰る家を与えてくれます。
人間がどんなに地球を痛めつけ、奪っても、それでも地球は与えてくれます。
それなのに地球がおかしいとが、狂っているとか怒っているとかいう人がいますが、本当におかしな発言だと思いませんか?。

人類至上主義が間違っていることは誰もが知る事実でありながら、それでも人類は無意識に人類中心に考えてしまう。
もしかしたら、他の動物もみな、自分たちが、自分が至上であり中心だと考えているかもしれません。きっとそうでしょうね。自分の世界しか知らないのですから。自分の世界にとって利となるか害となるかが判断基準でしょうから、それなら人間も動物的本能でそう思ってしまうのは仕方がないこと。ただ、本能がそう判断したのしても、知性理性でそうではないと考えることができるのが進化してきた人類のいいところ。

実るほどこうべを垂れる稲穂かな

肉体的武器を持たない最弱生物として生き残るために、脳を進化させてきた人類。万物の霊長などど自負するなら、地球上で最も謙虚な存在であるべきではないかと思います。
| - | 11:25 | comments(0) | - | - | - |

20190205



河崎です。

一応、新月の写真。。。のはずですが。。。真っ暗ですよね。そりゃそうだ。

2/3 節分
2/4 春分(旧大晦日)
2/5 新月 00:00(旧正月)大潮
七十二侯 第一侯 東風凍を解く(はるかぜこおりをとく)

この並び。すごくないですか?
いろいろリセットされて、新しく始まるような。
大げさにいうと、これまでの地球の歴史の歪みが全てがリセットされて、新しい時代が始まるような気がしています。
ワクワクっとします。

僕の場合だと、うまい具合にふるいにかけられて、今後に持ち越すものと手放すものが明確になったように感じています。
そして新たに加えられるものと。

過去と現在と、そして今この時。そこから紡ぎ出されていく未来。。。

今年は50歳の節目
そして、新元号のはじまり

公私ともに、新しい時代の幕開けです。

| - | 17:12 | comments(0) | - | - | - |

20190204



河崎です。

先日、鹿児島からの帰り道。
熊本を抜けて佐賀に入ろうかというころ、紅白の梅が青空に映えていました。
春近しという陽光で、暑いくらいでした。

のに

福岡に入るころ、遠くに見慣れた感じのグレーな雲。。。
間違いなく雪が降ってる。。。

しばらくして、吹雪、積雪、50キロ規制、渋滞、冬タイヤ規制。

ソロリソロリ

ソロリソロリ

山陽自動車道は晴れて快調でしたが、広島の北に上がるほどにまた雪。。。
中国山脈横断中はソロリソロリ

山陰道に出たら、すっかり雪はなく、安心安心。。。

不思議なのは、いつもと同じ走行時間だったこと。

なんでだろ???

きっと、神様仏様ご先祖様のご加護だわ。
ありがたいありがたい。

思い返せば私の人生は、どう考えてもミラクルの連続で、実力以上の結果というか、願った以上の結果というか、護られているとか、導かれているとか、目をかけてもらえているとか、そんな感じのことに本当に救われていて、今朝も洗面所で「ハッ!!これもだ!!」と思い当たることがあった次第です。

見る力と見えない力。両方のお陰様のお世話になって生かされているんだなぁと、この歳になって改めてしみじみと感じた節分でした。

信仰心と感謝の心。神仏人のお陰様。
聖書にある放蕩息子の気分です。
こんな放蕩息子でも、見捨てることなくしっかりと目も手も離さず愛していただけていることを感じています。



放蕩息子の例え話
| - | 13:58 | comments(0) | - | - | - |

20190201




自分を信じ、認めるために

他人は必要ない。

| - | 16:37 | comments(0) | - | - | - |

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