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20171101






河崎です。

今日も徒然に。

「人生は経験からしか学べない」
と、学んできたものの、それでも判断材料は必要だろうと、先達の残してくれた叡智を貪ってきた。

「人生において様々に発生する出来事とそれによって発生する心の暴走に対する対処法」といったところだ。

そして、頭の中にたくさんの「資料」を詰め込んで日々を暮らし、起きる様々をその「資料」と照らし合わせ、ひとつひとつを検証し、「心地よい自分」「自分が好きになれる自分」を作ってきた。

そこで自分が経験した過程や、検証した関係要素を伝えたり教えたりすることで他人様の人生と関わりを持ち、わたしの知識と経験は、時には転ばぬ先の杖となったが、やはりご当人の経験に裏打ちされていない知識は薄ペラで、また同じつまづきをしてしまったり、同じ過ちを犯してしまったりするものだ。

それでいいのだ。それが当たり前なのだと、今は思う。それはそれで仕方の無いことなのだと。

出来ることなら苦労はさせたくないと、つまづく前に石を拾ってあげたいと思うのだが、それでもやはり人はつまづき、転ぶものだ。
しかも、それを何度が繰り返す。その果てにしか見出すことの出来ない学びもある。
それはやはり人それぞれ違うから、それを傍から見ている他人の立場で何だかんだと言えるものでもない。
ただ、見守り続けるしかない。

自分が持っている知っている方法が、絶対成功法則では無い。自分だけ、もしくはそのパターンにおいてのみの成功法則かもしれない。

他人には他人の成功法則がある。
それは当人にしか見いだせないものだったりするのだから、無責任に自分の成功法則を押し付けても、どうなったところで責任も取れない。
ただ見守ることしか出来ないが、それで良いのだろう。
私の経験上、考え続ける人は必ず自分で乗り越える。だから、それを信じて見守ることが出来る。
当然ながら、自分で考えない。すぐに手放す。他人に何とかしてもらおうと思っている。そんな人は論外で、何も成し得ることはないだろうが、それはそれでまたその人の人生であるから、良いとか悪いとかいうものでもない。
それでも良いのだろう。

やりたい人はやればいい

頑張りたい人は勝手に頑張ればいい

やりたくなければやらなくていいし

頑張りたくなければ頑張らなくてもいい

どれも尊い人生の選択だろう。

他人と比較して自分が正しいという考えは、金輪際一切手放した方がよいのだろう。

誰もが正しい

誰もが間違っていない

誰も悪くない

どなたの人生も尊重すべき選択なのだろう。

最悪、法を犯さなければ誰にも何もいう権利はないのでしょうし、言われる筋合いもない。

どのような経験からどのように学び、その後に生かすことが出来るのか。

それは世界中でたった一人だけの人生にしか起こらない出来事だろう。

正解がないのが人生の面白いところであり、人が陥りやすい罠でもある。

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