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20171124





願いを叶える生き方とか、夢を実現させる生き方とか、生きていることを楽しいと感じることが出来る生き方の方程式というのは、掘り下げるほどどんどん単純で簡単になって、つまるところ

「当たり前のことを、当たり前にやればいい。」

という結論に行き着く。

たぶん、これ以上簡単にはできないんじゃないかなと、今の時点では思っている。

それはきっと、日本の小学生ならみんなわかるくらい真っ直ぐに当たり前のことで、上手くいかないときは、変化球を投げようとしたり、または受け取ろうとしているのだろう。


ここへ来て、お釈迦さんが言っていることがわかったような気がします。

こう言うと、「ずいぶん大きなことをおっしゃる」と思われるかもしれないが、それこそがまさに変化球的解釈で、実はすっごく単純で当たり前のことなんだけどそれでもわからない人のために説明したらかえって難しくなってしまった。というところなのだろうと思う。

小学生でも考えつくくらい当たり前の方程式で考えれば上手くいくものを、うまく進められないのなら小学生以下ということかと言えばそうでもない。

5×5=25

をわざわざ

(1+2)×3-5+6×10÷4=25

で解こうとするからわけがわからなくなるのではないか。

なんなら更に難しいことを考えるかもしれないが、この場合大切なのは

「無駄なものを極力省いて最短で目的を達成すること」にある。

他所の国の算数は

25=???

というものがある。最近は日本でも導入され始めたらしい。この場合、求める答えが 25 と決まっている。つまり、人生の目的や夢や願いの結果である。そして

25=5 ? ?

となると、結果と普遍的条件となる。
大抵の場合、人生の方程式はこうである。
目指すもの、求めるものと、普遍的条件が備わっている。
つまり、自分が努力できる部分は??の部分。「記号と数字」なのであろう。

この、「記号と数字」を柔軟に巡らせば、結果にたどり着くいくつかのパターンが見える。

「記号と数字」とは、自分自身の事で、「普遍的条件」とは、自分ではどうすることも出来ない条件ですから、うまくいかないときは、原因は自分ではなく、ここで言う「5」であるとし、答えと自分ははそのままに、自分ではどうしようもない部分を原因とし、どんなに頑張っても変えることができないものを変えようとするのではないか。

・見極める

・諦める

・変わる

これが、当たり前のことだとわかっていれば、なんら苦労はない。

・自分優先で

・諦めきれず

・変わらない

なら、なんらうまくいくわけがない。

私の知友人を思い返してみても、「記号と数字」を変える速さと正確さに長けている人ほど、時間に滞りなく、変化も早い。


「他人を変えようと思うな。まず、自分を変えろ」

ごちゃごちゃと書いてはみたものの、これもまた古から再三言われてきたことの違う言い回しに過ぎない。

これもまた、5×5=25を難解にしただけに過ぎないのだろう。

お釈迦さんの言ってる事も、結局は5×5=25でしかないのだろう。


どんな教えも教訓も、やる人は一回聞いたらやるし、やらない人は千回聞いてもやらないのだろう。

やらない人、わからない人に、やらせよう、わからせようとすることも、普遍的条件を変えようとしていることになるのではないかと思う。

人は人。誰も悪くないし間違っていない。

誰の人生にも不可侵な自由な選択権がある。

人生とは、その権利を互いに尊重しつつ、自分の夢を叶える仲間を探し続け、見つかれば同じ道を足並みを揃えて歩む旅であろう。

無理をするのもさせるのも、誰のためにもなりますまい。


あうか、あわないか。

結局、それだけであろう。最善を尽くした結果、あわなければそれまでのことなのだ。
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